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合格実績

首都圏有名国私立高等学校 主な合格実績

慶應義塾高等学校 慶應義塾湘南藤沢高等部
慶應義塾湘南藤沢高等部(帰国) 慶應義塾ニューヨーク学院
早稲田大学高等学院 早稲田大学高等学院(帰国)
早稲田大学本庄高等学院 早稲田大学本庄高等学院(帰国)
早稲田大学本庄高等学院(α選抜) 早稲田渋谷シンガポール校
東京学芸大学附属高等学校
豊島岡女子学園高等学校 栄東高等学校[アルファコース]
淑徳与野高等学校[選抜A] 桐蔭学園高等学校[理数]
桐蔭学園高等学校[普通] 法政大学第二高等学校
明治学院高等学校 日本女子大学附属高等学校
共立女子高等学校 暁星国際高等学校(奨学生)
同志社国際高等学校(帰国)

ほか多数合格!

国私立首都圏有名大学 主な合格実績

慶應義塾大学 早稲田大学
東北大学 東京学芸大学
千葉大学 宇都宮大学
明治大学 青山学院大学
中央大学 法政大学
成城大学 明治学院大学
日本大学 東洋大学
駒澤大学

ほか多数合格!

医歯薬獣系 主な合格実績

獨協医科大学 岩手医科大学
日本大学 日本歯科大学
明海大学 鶴見大学
神奈川歯科大学 城西大学

ほか多数合格!

栃木県立高等学校 主な合格実績

宇都宮高等学校 宇都宮女子高等学校
栃木高等学校 栃木女子高等学校
宇都宮東高等学校 宇都宮中央女子高等学校
宇都宮北高等学校 宇都宮清陵高等学校
宇都宮南高等学校 石橋高等学校
大田原高等学校 真岡高等学校

ほか多数合格!

栃木県私立高等学校 主な合格実績

佐野日本大学高等学校
(特別進学コース αクラス)
作新学院高等学校
(英進部 トップ選抜クラス 船田兵吾記念一般奨学生)
宇都宮短期大学附属高等学校
(特進コース 学力特待生)
文星芸大附属高等学校
(英進科 A特待)
國學院大學栃木高等学校
(普通科 特別選抜コース)
那須高原海城高等学校(帰国)

ほか多数合格!

合格の声

慶應義塾湘南藤沢高等部 合格!
H.Y. さん 宇都宮大学教育学部附属中学校 出身

  2月13日、念願の「第一志望校合格」の夢をついに実現させることが出来、私にとって一生忘れられない日となりました。
  小学6年生の時に慶應受験会に入会し、県立高校合格を目指して日々の学習を進めてきましたが、慶應義塾湘南藤沢高等部の深く語学を学べる環境や伸び伸びとした雰囲気を伺ううちに、入学したいという希望が日を追って高まってきました。そして、文化祭を見学した後は、一途に慶應湘南藤沢高等部への合格を目指し、無我夢中で勉強に励みました。
  当初は、数学が苦手科目で、一人でいくら問題集を解いていても、点数に結びつきませんでした。ところが、慶應受験会で数学検定に挑戦させていただくうちに自信が生まれ、苦手意識はいつの間にか薄れていました。 また、「本当に合格できるだろうか」と悩む日もありましたが、先生方の丁寧なご指導により、入試本番までには確かな「合格の手ごたえ」を得ることが出来るようになりました。
  受験勉強は大変でしたが、本当に良い経験をさせていただいたと心から感謝しています。どんなにつらいことがあっても、この経験を思い出せば、きっと自分を奮い立たせることが出来ると思うから。
  高校生活はさまざまな人との出会いを大切に、自分自身の新たな一面を発見できるような生活を送りたいと思っています。そして、第一志望校への合格を果たすことができ、こうして私が新たな夢と希望を持つことができたのは、先生方のご指導のおかげです。本当に、有難うございました。

慶應義塾大学 合格!
Y.M. くん 宇都宮短期大学附属高等学校 出身

  高校一年生当時の私に、今の自分の姿が想像出来ただろうか。
  私は、高校受験に失敗した過去があった。その時は悔しかったが、その気持ちは少しずつ薄れ、いつの間にか遊ぶことに夢中になっていた。そして、高校一年生の冬、両親にこう言われた。「このままでいいのか。」あの時の悔しさを思い出した私と両親が辿り着いた先は、慶應受験会だった。
  自分の会社を持ちたいと考えていた私は、日本の経済界をリードする「慶應義塾大学」を第一志望校に決めていた。しかし、入会した当時の私には、慶應義塾大学に入学するための学力は全く足りていなかった。それでも、慶應受験会の先生方との一対一のプライベートレッスンが、私の学力を丁寧に確実にのばしてくれ、また、先生方の親身な相談が、私の精神を勇気づけてくれた。加えて、礼法も学ばせていただいたことは、非常に価値があったと思う。そうして、入会以前とは一変した生活が、約二十六ヶ月続いた。時には、睡魔や誘惑に苦しんだ。だが、私は慶應受験会に毎日通い、勉強し続けた。
  祈るようにして迎えた合格発表当日、自然と目が覚め、緊張感は究極に高まっていた。運命の時間になると、突然電話が鳴った。電話に出ると、その向こうから「合格です!」の言葉。慶應受験会の先生方からだった。その場にいた私と母は、涙を浮かべ、飛び上がって喜んだ。十八年という人生の中で、私は最高の瞬間を迎えたのだった。
  このようにして、私は受験に勝利したのである。この結果は、私自身が努力したというわけでなく、家族や慶應受験会の先生方のサポートがあったからこそ、手に入れることができた。私の人生の恩人に、いま心から感謝している。

早稲田大学本庄高等学院 合格!
A.K. さん 作新学院中等部 出身

  私は、中学一年生の時に、慶應受験会に入会しました。当時は第一志望校が県立高校でしたが、その合格も厳しいくらいに学力が足りていませんでした。しかし今、私が「早稲田大学本庄高等学院」に合格出来たという現実。それは夢のようでもあり、今まで教えてくださった先生方や毎日を支えてくれた家族に感謝の気持ちでいっぱいです。
  この三年間を振り返ると、私は塾に通うというよりも「家に帰る」という感覚で慶應受験会での日々を過ごしてきました。成績が伸びるにつれて勉強する楽しさを覚えることが出来ましたが、三年生になると部活や生徒会活動の両立で気持ちが受験モードに入れなかった時期もあり、実を言うと先生方が頭を抱えてしまうようなご迷惑も沢山おかけしてきました。(本当に申し訳ありません!)しかし、先生方は私に向き合い、時に深夜までかかっても厳しく丁寧に、私が今何をすべきかを導いてくださいました。
  文化祭や説明会に足を運び、早稲田大学本庄高等学院を第一志望校に決め、時間をかけて書いた願書を郵便局へ届ける時は、緊張が私の体中に満ちているのがわかりました。そして、ついに入試を経て、発表。不安を抱きながら学校で結果を聞いたとき、今度はこれまでに感じたことのない喜びに満たされ、私は報告に来てくれた母とその場で抱き合いました。
  今回の受験は、私にとってはただの「合格」ではなく、自分を一回り大きく成長させることができた非常に貴重な経験でした。高校では、これまで培ってきた学校活動をさらに飛躍させ、学業にも力を注ぎたいと考えています。また、この「努力は結果に繋がる」という経験を生かし、受験に携わってくださった方々への感謝の気持ちと素直な心を忘れず生きていきたいと思います。

早稲田大学高等学院 合格!
R.O. くん シンガポール日本人学校中学部 出身

  受験は単に勉強だけでない。
  高校受験を終え、いま私は改めて慶應受験会で学んだことの多さに驚いています。
  兄が慶應受験会での指導を経て「早稲田大学本庄高等学院」に合格し入学したため、私も後を追うように慶應受験会に入会しました。そこで私は、それまで通っていた塾では気づかなかった基礎力の弱さや、英語の単語力不足等を痛感することになります。しかし、慶應受験会のプライベートレッスンで、私は自分に必要な力をレベルアップさせながら、実践的な解答のテクニックまで会得することが出来ました。
  それだけではありません。願書の書き方から、面接試験に対する心構えまで、他の塾では決して教えてもらえなかったことを教えていただき、まだ未熟ではありますが、おかげで高校生らしい大人としての言動が身についてきたように思います。また、海外でもサポートし続けてくれた両親や、その両親に代わって日本で慶應受験会への送迎をしてくれた祖父母、一緒に入試前日の宿泊準備を手伝ってくれた兄、家族全員の協力と応援されることの有り難味など、慶應受験会の先生方と通塾する毎日が、それまで意識していなかった様々なことを気づかせてくれました。
  つらかったり、苦しかったことがなかったわけではありません。眠れない日も確かにありました。しかし、「早稲田大学本庄高等学院」、「慶應義塾高等学校」など多くの難関校をはじめ、慶應受験会に入会する以前は半ば諦めていた第一志望校の「早稲田大学高等学院」に合格出来たことは、この上ない喜びです。
  ここからがスタートだという思いで、これからの三年間も、一生懸命頑張ります。本当にありがとうございました。


  二月十六日、発表の朝、僕は電話をする勇気がなかった。しかし、思い切って電話してみると「合格です。」その瞬間、僕は誰よりも大声で叫んだ。
  興味のある学校も見つからず受験校に迷っていた中学校2年生の冬に、僕は慶應受験会に入り、早稲田大学本庄高等学院を知った。全国高校トップレベルの広大な土地、大好きな数学をより深く勉強できるSSH、更には早稲田大学に進学できる。目の覚めた思いだった。
  僕は迷いもなく受験を決意した。しかし、その頃の僕が合格できるということは、誰が考えても不可能だったのだ。包み隠さず言えば、学校の実力テストでは常に平均点並みの成績で、中でも英語と国語は特に苦手だったといえば想像はつくだろう。しかし、そんな僕が早稲田大学本庄高等学院、そして慶應義塾湘南藤沢高等部にも合格するまでの異常とも言える成績の伸びを支えてくれていたのは、一斉指導でもグループ指導でもない慶應受験会の1:1指導だったと思う。また、何よりも家族や先生方の暖かいサポートがあったからこそだと。
  そして、合格をつかみとることがゴールではないと教えてもらった僕が、本当に頑張らなくてはいけないのは、ここからだ。
 

  When I was three years old, my family moved to America. Because of this, I spoke and wrote English fluently, and started to neglet studying Japanese. Ten years later, we moved back to Japan, and I had a tremendous language handicap. I had difficulties reading and writing Japanese. And I also had trouble understanding what people were saying in Japanese.
  My parents and I decide to improve my Japanese and increace chances of getting into high school. My mother suggested that I should go to KEIO-JUKENKAI. At first, I made little progress. But soon, I was able to write better paragraphs and read Japanese books more smoothly.
  I was really glad that I was able to write Japanese better. Because how I no longer dread writing Japanese essays. As such I was admitted in to a high school. And I know that this skill is necessary for writing reports in Japanese.
  I am greateful for all the things what my teachers taught and gave me at KEIO-JUKENKAI. I truly appreciated the effort they gave to help me prepare and pass the exams.

  私は三歳の時、父の仕事の都合で家族と一緒にアメリカへ引っ越すことになりました。そのおかげで、私は流暢に英語を話したり書けるようになりましたが、逆に日本語を勉強する機会が失われていきました。十年後、私達家族は日本に戻り、私は巨大な言葉の壁にぶつかりました。私には、日本語で書くことや読むことだけでなく、周りの人々が何を話しているかさえ理解することが難しかったのです。
  両親と私は、高校へ入学するチャンスを増やすためにも、日本語力を向上させなければならないと考えました。そこで、母は私に慶應受験会へ通うことを勧めました。最初の頃はあまり上達しませんでしたが、すぐに私は上手く文章を書いたり日本語の本をスムーズに読むことができるようになりました。私は、日本語を上手く書くことが出来るようになって本当に嬉しかったです。今では、日本語の小論文を書くことさえも出来るようになりました。そして、私は学芸大学附属高校に合格することが出来ました。高校入学後もこのスキルは必要とされることでしょう。
  私は、慶應受験会の先生方が私に教えてくれたことや与えてくれたもの、特に高校合格に向けて努力やサポートしてくれた全てのことに心から感謝しています。
 


  私は、「夢」はあくまで理想であって現実に叶うものではないと思っていました。憧れの慶應義塾湘南藤沢高等部へ入学したいと思っても、私なんかには無理だと最初から諦めていたのです。しかし、慶應受験会に入会してはじめて、夢を叶えるための努力をしようとさえしていなかった自分に気がつきました。
  私は慶應受験会の先生方にたくさんのことを教えていただきました。特に英語は苦手で、「三人称単数」さえわからなかった私に、きちんと理解できるまで丁寧に説明してくれました。慶應義塾湘南藤沢高等部の英語入試問題は、首都圏最難関と呼ばれており、きっと私以上に先生は大変だったと思います。しかし、先生のおかげで英語も得意の数学と同じくらい大好きになりました。そして、見事第一志望校に合格することが出来たのです。
  確かに受験勉強は楽なものではありません。しかし、私は慶應受験会で、「それだけ真剣に努力することの大切さ」と「勉強のおもしろさ」を学びました。これからも、これらのことを忘れずにいたいと思います。
  本当に言葉では言い表せないほど、先生方には感謝しています。ありがとうございました。
 


  もともと僕は、「勉強なんてしなくていい」、「高校なんてどこでもいい」と思っていました。しかし、慶應受験会に入会して自分の将来を真剣に考えるようになり、やれるだけやってみようと早稲田大学本庄高等学院を第一志望校に決めました。
  ところが、入会して最初の模擬試験を受けた結果は、合格率がゼロに等しいという厳しい現実。それでも努力は絶対に裏切らないと信じ、僕は毎日慶應受験会で勉強しました。そして、自分でも学力がどんどん上がっていくのを実感するようになり、ずっと悩んでいた問題も先生方のわかりやすい解説を聞けば解けるようになっていきました。
  僕は、慶應受験会で勉強するうちにいろいろなことを発見しました。例えば、「努力」は受験生なら必ずするものであって、並の努力ではダメだということ。それから、短い勉強時間でもそのやり方が合っていれば素晴らしい成果を得られるということ。慶應受験会では、僕の実力を上げる1:1の指導をしっかりとしてくれました。
  僕は、来年度から早稲田大学本庄高等学院の一年生として自分の夢に向かって努力し続けます。受験はスタートライン。時間が止まらず進んで行くように、僕たちも負けず夢に向かって進まなくてはなりません。
 


  この三年間で私は「努力すれば必ず結果が結びつく」ということを慶應受験会から教わりました。慶應受験会でなかったら私のサクラは咲くことがなかったに違いありません。
  思い返すと、私のサクラが咲くまで道のりは決して平らなものではありませんでした。多くの受験生と同じように、なかなか結果の出ない日々、私はどれだけ悔し涙を流し何回くじけそうになったことでしょう。しかし、その度に先生方からの厳しく温かい声援に支えられ、心の奥底から「あきらめない。絶対合格する。」という想いがこみ上げてきました。
  そうして迎えた二月一日午後一時、合格者の掲示板で私の受験番号を見つけることが出来たあの一瞬はうれしくて仕方がなく、溢れる涙がとまりませんでした。あの山、谷をいくつも乗り越えた結果、こうして笑顔でいる私があるのだと思います。慶應受験会で学んだ全てを胸に刻み、これからの高校生活、そして人生をしっかり歩んで生きたいと考えています。
  塾長先生をはじめ、先生方、本当にありがとうございました。
 


  慶應受験会に入会する以前、苦手な数学はいつもテストで50点前後の成績でした。そんな私が、数ヵ月後には慶應義塾ニューヨーク学院を志望校にしたため、学校の担任の先生は不安そうな顔をしていました。しかし、慶應受験会での受験勉強期間を経ていつの間にか私には合格する自信がうまれていたのです。それでも、受験当日は全身が震えてしまい、試験が終わってからホテルで泣いてしまいました。私は日本が昼になるのを待って、アメリカから慶應受験会に電話をすると、塾長先生は号泣する私をひたすらなだめてくださいました。あの電話がなかったら私は日本に帰るまでの12時間、ずっと泣き続けていたと思います。
  帰国してからも、私は慶應受験会に通いながら通知を待ちました。そして、ようやく届いた通知を開き、そこに「合格」の文字を見たときは、喜びがどっとこみあげました。
  今考えてみると、私は「慶應ニューヨーク学院」と「受験」にハマっていたのでしょう。しかし、慶應受験会の先生方がいなかったら、私はこんなに素晴らしい慶應義塾ニューヨーク学院への受験にハマるどころか挑戦しようとさえ思いませんでした。
  今年度は北関東から慶應ニューヨーク学院合格者が、私一人という本当に狭き門でした。先生方には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。